みると通信:アルコール依存症について知ろう【第5回】

【第5回】アルコール依存症の発症から、
市町村長申立で後見制度利用につながった事例

Aさんの事例

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就職したころから、仕事が終わると仲間に誘われて酒を飲むようになった。
当時、酒は強いと言えず、せいぜいビール1~2杯で酔っていた。

(機会飲酒)
25

結婚し、1男1女をもうけた。

30

ローンで1戸建も購入したが、その後、晩酌をはじめ、毎晩日本酒1~2合を飲むようになった。

(習慣性飲酒)

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普段の日は晩酌で3合ほどを飲み、仕事のない土日は昼頃目をさまし、まずビールを一杯飲んで昼食を食べる。
午後は庭の手入れなどをしながら、合間にビールを飲み、夕食時に日本酒を2~3合、寝る前にさらに1~2合飲んで床につくようになった。

(精神依存形成初期)
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月曜日には週末の飲酒の二日酔いから、遅刻したり休んだりするようになった。
休んだ時には向かい酒をするようになり、妻といいあらそいになる事もしばしばあり、酒の勢いもあってカッとなって殴る事もあったという。
夫の酒癖が悪くなり、妻は家にお酒を置かなくなった。
そこで今度は外で飲むことが多くなり、休日ともなると、植え込みに隠しておいた酒を庭の手入れをするふりをしながら飲んだり、タンスの後ろに酒瓶を隠し、妻が風呂に入っているすきに飲んだりするようになった。
さらに手持ちの金がなくて酒を買えない時は、子どもの貯金箱から金を持ちだしては酒を買いに行くことも稀ではなくなった。

(探索行動)
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肝臓を悪くして内科に入院したときに、手が震えたり・ひどく汗をかいたりした(身体依存による離脱症状)。
退院後は、昼夜構わずお酒を飲むようになり、会社も首になった。
そのころから妻も生活のため、働きに出るようになった。
その後も何か所か勤めてはみたものの、遅刻をしたり、仕事中にかくれて飲酒したりとどこも長続きはしなかった。

45

飲酒運転でガードレールにぶつかり車を大破させ、足を骨折した。
骨折も治っていないのに飲酒をして、妻は愛想を尽かし子どもを連れて実家に帰った。
その後、離婚となった。
自宅はローンが払えないため、単身でアパート生活を開始。
肝臓を悪くして内科に入退院を繰り返していたが、更に糖尿病を併発した。

48

仕事もできなくなって生活保護を受けるようになった。

50

かなり痩せて、医師からアルコールをひかえるようにいわれていた。
「朝5時頃になると汗が出て、寝苦しくなって目が覚め、すぐに昨夜買っておいたワンカップ焼酎を半分ほど飲む。
そうしないと手が震え、気分が悪くなってしまうという。
飲んで落ちついた後はしばらく休むが、8時ごろ散歩に出かける前に残りの半分の焼酎を飲み干す。
そして、散歩の途中、またワンカップ焼酎を2本買い込む。
たくさん買うと飲みすぎてしまうので、用心して2本だけにしているのだという。
10時頃ぎに散歩からもどると、まずワンカップ半分を飲む。
横になってテレビを見ながら、昼にはもう一本のワンカップを飲み干す。
食事はほんちょっとだけ食べて、そのままテレビを見続ける。
そして午後4時ごろ残しておいたワンカップ半分を飲んで家を出る。
買い物をしてラーメン屋にはいり、夕食と日本酒2合を飲む。
帰りに自動販売機に寄り、寝る前に飲む分と明日の朝の分のワンカップ2本だけ買って帰る。」
という生活をしていた。

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起きている間は食事もまともにとらずにお酒を飲む生活が続き、体調不良で内科に入院した。
入院4日目頃から天井や自分の体を虫がはいまわると暴れたため、ケースワーカーの介入で精神科病院に市長同意で医療保護入院になった。
その後は、精神科病院の紹介で断酒会にも1~2回行ってみたが、完全に酒をやめることはできずに、精神科病院の入退院を繰り返す生活を送った。

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近所を徘徊しているところを警察に保護され、精神科病院に入院となった。
その時には、アルコール性の認知症を発症しており、見当識障害や認知機能の障害がみられた。
自宅の家賃は滞納しており、ゴミだらけでまともな生活はできていない状態であった。
向精神薬の服薬と認知症状とともに本人の飲酒欲求は無くなっており、意欲の減退が著しい状態であった。
その後、関係者の協議により介護保険施設への入所が検討されたが、本人の判断能力の低下もあって、施設との利用契約もできそうになかった。
そこで、病院ソーシャルワーカーが前妻や実子に協力を求めて連絡を取った。
しかし「散々迷惑を掛けられたので、縁を切った。関わりをしたくないので、一切連絡をしてほしくない。」と拒絶された。
そこで、市長が申立人になって、後見人の申立てがされた。