やむを得ない事由による措置とは【第1回】

この度のコラムでは、業界用語で”やむ事(じ)の措置”と呼ばれ、老人福祉法や知的障害者福祉法・身体障害者福祉法の中に定められている「やむを得ない事由による措置」についてお話ししたいと思います。

皆さんもご存じのとおり、高齢者分野では介護保険法の施行により、障害者分野では支援費制度を経て障害者自立支援法(今日の障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援する法律(以下、「総合支援法」といいます。)の施行によって、福祉サービスの利用が措置から契約に移行しました。

措置制度の頃、私たち市民が福祉サービスを利用しようとする場合には行政に措置権の行使を求め、それを受けて行政が、本人に福祉的支援が必要であると判断した場合に、行政自らが福祉の事業所に対してサービス提供(例えば特別養護老人ホームへの入所)を依頼することで、本人がサービスを利用できることとなり、その費用は「措置費」として行政が一旦負担するというもので、まさに給付行政そのものでした。もっとも、この「措置費」は、利用者の所得に応じ、利用者負担金として行政がその一部を回収する仕組みとなっていました。

もうお解りかと思いますが、高齢者や障害者に対する福祉サービスは、その内容等を含め介護保険法や支援費制度(後の障害者自立支援法)が制定・施行される前の老人福祉法や三障害に関わる福祉法の中に規定されていて、行政の裁量による措置によって提供されることとなっていました。また、その措置権の発動には「やむを得ない事由」という要件は付けられておらず、本人に福祉的な支援が必要な場合であれば措置権が発動されていたわけです。

しかし、措置から契約へという理念の転換により、もともとは老人福祉法や三障害に関わる福祉法の中に措置の対象として規定されていた福祉サービス(養護老人ホームへの措置を除く)が介護保険法や総合支援法の中に移され、それらのサービスを受けるには行政による措置ではなく、利用者と事業者との間の契約によることとなったのです。

ところが、福祉サービスの利用を全て当事者間の契約にしてしまうことになれば、介護認定を受けていない場合、介護認定を受けているものの契約能力がない場合や虐待を受けている場合のように何らかの事情によって契約ができない場合には介護保険法や総合支援法に定められた福祉サービスを利用できないことを意味します。

しかし、福祉サービスを利用することができない要支援者を放置することは憲法上許されません。そのため、福祉的観点から老人福祉法や知的障害者福祉法・身体障害者福祉法の中に措置制度を残すことが必要だったのです。 しかし、従前の措置制度を残していては措置から契約へという理念の転換と矛盾するために、措置を残すにしても措置権発動の前提として「やむを得ない事由」という要件を加える必要があったのです。

つまり、「やむを得ない事由」とは、高齢者や障害者が要支援状態にありながら何らかの事情によって福祉サービスを利用することができない場合を広く指していると理解すべきことになります。

したがって、要支援状態にある人が判断能力を欠いているにもかかわらず後見人が付されていないような場合には、まず、行政が老人福祉法や知的障害者福祉法上の措置によって福祉サービスの提供を先行させ、後日、後見人が選任された後に事業所との契約に移行させるということが求められるはずです。ところが現実には、成年後見制度を利用することもなく、親族が本人に代わって事業所と契約していることのほうが圧倒的に多いのではないでしょうか。しかし、後見人でもない親族に本人を代理することは認められませんし、親族が本人のために事業所と直接契約した場合、それは、例えば夫が妻を受取人として行う生命保険契約のように「第三者のためにする契約」として、契約の当事者は親族と事業所ということになります。その結果、利用料金を支払う義務を負うことになるのは本人ではなく契約した親族となり、そもそも親族が介護保険を利用することができるのか疑問ですし、親族が本人の預金などから勝手に支払ったりすることはできないはずで、事業所は、このような利用形態を避ける必要があります。

なお、財政難によるいわゆる措置控えのため行政も事実上親族自身による契約を黙認している可能性がありますが、このような風潮が成年後見制度の利用促進を阻害している一因となっていることを自覚すべきだと思います。

なお、精神保健及び精神障害者の福祉に関する法律(以下、「精神保健福祉法」といいます。)は、精神医療中心主義の法律で、他の障害者福祉法や老人福祉法に存在する「やむを得ない事由による措置」制度は存在しません。そのため障害者虐待防止法においては、虐待を受けている精神障害者を身体障害者や知的障害者とみなして身体障害者福祉法や知的障害者福祉法上の措置制度を利用することとなっているのです。