みると通信:任意後見制度について考えよう その2

問題が起きやすい点

前回みてきたように、任意後見制度は、本人の意思を尊重する点が特徴で、法定後見制度とうまく使い分けができれば、なかなか意義のある制度のようです。しかし、運用を間違えば本人の利益を損なうことにもなります。また、本人の意思が尊重される反面、家庭裁判所の介入が小さいため、問題が起きやすいことも知っておいたほうがいいでしょう。

例えば、以下のような問題が指摘されています。

1.任意後見制度では本人を守れない場合

任意後見人には、本人がした契約などの法律行為について、取消権がないことは前回ご紹介しました。なぜ、任意後見人に取消権がないかというと、本人と任意後見受任者との契約のみで、取り消される相手に効力が及ぶような重要な権限を与えることはできないからです。
本人が、適正に法律行為や財産管理ができず、後見人に任せたいという場合は、任意後見人で対応できますが、本人が不必要なものをたくさん購入したり、本人に不利な契約を結んでしまった場合は、任意後見人では対応できません。
本人の事情によっては、任意後見制度が適切でないといえます。

2.意思能力が疑問視される場合

任意後見契約を結ぼうという方に意思能力がないとどうなるでしょう?
任意後見契約を結ぶには、本人に意思能力があり、かつ、契約の内容を理解していることが必要です。被保佐人や被補助人であっても、契約の内容が理解できれば、任意後見契約は有効です。しかし、家庭裁判所が関与したり、鑑定が行われたりするわけではないので、契約時にすでに意思能力がなかったのではないかと、後から争いになることもあります。
任意後見契約は、公証人役場で作成されますが、その際、公証人が本人と直接面談する運用がなされているようですが、法的には必ずしも本人が公証人役場に出向く必要はなく、委任状で作成することも可能です。つまり、公証人は、本人の意思確認を面前でする必要はないので、そのような場合は、本人に意思能力がないことを見抜けないのです。
また、認知症が進んだ方でも、面談時はたまたま会話に支障がなかったり、短時間の会話は十分可能な場合もあり得るので、公証人が面談のみで本人の意思能力を判断することはなかなか困難です。
仮に、意思能力がなければ任意後見契約は無効となり、それまで任意後見人が代理した法律行為はすべて代理権がない人が行ったこととなってしまいます。
この点は、任意後見契約書を作成する公証人が、本人と面談して意思確認を行い、本人に診断書を提出してもらい、本人と面談した内容を記録として残しておくなど適切に対応することが期待されます。

3.報酬額が高額な契約

任意後見人の報酬が不当に高額な場合があります。
本人の意思能力とも関連しますが、本人が契約の内容を十分理解できないことに乗じて、後見人の報酬額を不当に高く設定するなど、本人に不利な契約が結ばれることがあり得ます。法定後見制度であれば、家庭裁判所が報酬額を決めます。しかし、任意後見制度では、任意後見契約で報酬額を決めるため、本人がその金額が適正であると判断できているのか、疑問が残る場合があります。このような場面でも、公証人に期待が集まりますが、公証人も契約内容について注意や勧告はできても、正当事由がなければ公正証書の作成を拒絶することはできません。本人が報酬額に納得していると述べ、意思能力がないとは言えない場合には、公証人の権限にも限界があるでしょう。

4.判断能力低下の見過ごし

任意後見受任者は、本人の判断能力が低下したことを、適切な時期に判断できるでしょうか?
任意後見受任者には、任意後見監督人の選任を申し立てる法的義務はありません。また、典型的な任意後見契約の場合、任意後見契約を締結しても、任意後見受任者と本人の間には、契約の効力が生じるまで、法的には何の関係もないといえます。そうすると、任意後見受任者が本人の判断能力の低下をきちんと把握できるのかが心配されます。仮に、本人の判断能力の低下に気づくのが遅れたり、任意後見受任者が任意後見監督人の選任の申立を怠ったりした場合、本人の財産が散逸してしまうおそれがあります。
本人は、任意後見受任者を信頼して「この人に任せたい」と思い、任意後見契約を締結したのですから、任意後見受任者は、定期的に本人の様子を伺って、適切な時期に契約の効力を生じさせるべきです。少なくとも、任意後見受任者は、信義則上の義務を負っていると考えられますので、受任者による適切な運用がなされるべきです。対応策としては、任意後見契約時に、見守り契約も結んでおくことが考えられます。

5.移行タイプでの権限濫用

最も深刻なのが、任意後見受任者による権限濫用です。
任意後見契約と同時に、本人の判断能力低下前についても、財産管理や身上監護の任意代理契約(委任契約)を結んでおいて、判断能力低下後に任意後見制度に移行するという「移行タイプ」で起きやすい問題です。「移行タイプ」は、現在もっとも一般的になっています。
「移行タイプ」で契約をしても、悪質な任意後見受任者は、本人の判断能力低下後も、故意に任意後見監督人の選任の申立をせず、本人、第三者や裁判所の目の届かない環境を継続させるのです。本人がしっかりしている時は、任意後見受任者も勝手なことはできませんが、本人の判断能力低下後は、本人も任意後見受任者の事務を十分把握できません。任意後見受任者と本人以外に、任意後見監督人の選任を申し立てる人がいなければ、当然、任意後見受任者の事務は、誰にも監督されないことになります。そうすると、受任者が、代理権を濫用して、好き勝手に本人の財産を侵害することも可能になってしまうのです。本人の財産を守るどころか、侵害するために制度が使われているのです。
この問題への対策として、任意後見受任者には、任意後見監督人選任の申立義務を法的に定めるべきとの議論があります。仮に、改正されれば、任意後見受任者が、故意または過失により、任意後見監督人選任の申立義務を怠った場合、何らかの責任が生じることになるでしょう。
また、本人が意思能力を喪失したら、委任契約を終了させ、代理権も消滅させるというふうに民法改正すべきとの議論もなされています。意思能力が喪失した場合は、任意代理契約(委任契約)が終了するので、任意後見契約の効力を発生させずに任意代理契約(委任契約)を継続させるという状態は生じないことになります。しかし、意思能力喪失に至らない場合は、この方法では権限濫用の問題に対応できません。

このように、任意後見制度には、問題が起きやすい点が多いようです。任意後見制度に関わる人がすべて、完璧に事務を行ってくれれば問題ありませんが、それを期待するだけでは、本人の利益は守られません。制度を利用する前に、問題点を十分理解し、利用する場合も可能な限り対応策を講じるべきでしょう。

次回は、任意後見制度の最終回です。応用編として、法定後見と任意後見が重なった場合について考えてみます。