みると通信:愚行権について考えよう【第1回】

今回は愚行権について考えていきたいと思います。「愚行」という表記だけ見るとあまり良いイメージはもたないですよね。この愚行を権利としてどのように考えるか、また、愚行権が成年後見制度とどのように関連してくるのかを少し検討してみたいと思います。
ちなみに「愚行」とは、一般的な考え方であり、成年被後見人等もしくは、高齢者や障害者等に限定される行為ではありません。誰にでも関係してくるものです。

愚行権とは

「愚行」を広辞苑で調べると「愚かしい行い。ばかげた行為。」と載っています。一般的には、煙草を吸う、酒を飲む、ギャンブルをするなどの行為だと言われています。人はこのような行為をする権利がある、また誰からもこの行為を邪魔されずに自由に生活できる権利がある、このような権利を「愚行権」としています。

社会の常識から見て愚かしい行為であっても、そのことで心地よさや幸せを感じ生活できるのであれば良いとする考え方です。当然ですが、法に触れる行為ではないこと、他人に危害を加える・迷惑をかける行為でないことが大枠の条件としてあります。

憲法13条でいうところの「公共の福祉に反しない」にあたると思われます。ただ非常に難しいのが、「社会の常識から見て愚かしい行為」と判断することが実に抽象的であることです。国の違い、時代の違いで社会常識は異なります。また、人の価値観は様々であり、良い・悪いという判断は一定のものではありません。そのため「愚行」について詳細な定義を明確に示すことはできません。(極端に言えば、当事者が行っていることを周囲が愚行だと評価しても、それが本当に愚行に相当するかどうかはわからないということになります。)

このような「愚行」「愚行権」ですが、現在の日本の社会常識から考えると、単に煙草を吸う、酒を飲む、ギャンブルをするなどの行為を「愚行」と見なされることは少ないと思います。しかし、これらの行為が過剰な場合や脱線した行い(病気をしているのに煙草を吸ったり、飲酒をしたりするなどの行為)になると周囲から「愚行」と評価され、阻止・制限される場面が多くなることが予測されます

愚行 当事者の幸福感(利益) 将来的に想定される不幸

一日100本の煙草を吸う

ストレス解消

肺癌など

肝機能が悪いのに飲酒をする

ストレス解消、良眠

依存症、肝臓癌など

借金をしてギャンブルをする

ストレス解消、褒美

多重債務、依存症など

冬季に軽装で登山をする

達成感

遭難など

愚行には、上手く行えば適度な幸福感(利益)を得られるが、過剰な行いや脱線した行いになると取り返しのつかない不幸を背負ってしまうという特徴があります。また、愚行権の行使については、「将来的な不幸も換算して自己責任で行うもの」とする1つの概念があります。不幸を想定しながら権利を行使することに、いくら自己責任を負うとはいえ、深い疑問を抱かない人はいないでしょう。特に家族などは、当事者への心情に加え、実際の看病や介護、借金返済などに関与せざるを得ない状況になることを考えると当然でしょう。このような特徴が愚行の捉えを複雑化させ、また権利としてのあり方を難しくさせているとも解釈できると思います。

愚行権を考慮した成年後見業務

さて、この愚行権を成年後見業務の中で考えてきましょう。 <被後見人が客観的に見れば無駄でくだらないと思われる行為をしており、そのことを被後見人が自分の意思であると主張した場合や意思表示は難しいが過去の生活歴等から意思が想定される場合、成年後見人の皆さんはどのように考えていくでしょうか。

  • (1)財産管理が主であり、その他の権限・義務は発生しないので最初から全く関わらない方が良い。
  • (2)後見人である以上、当然、生活・生命の維持に関わる問題にも積極的に関わる必要があり、駄目・無駄な行為は成年後見人としてしっかりと管理していくべきである。
  • (3)身上に関わることは義務としてあるが、愚行権を考えると関わり方が難しい。

など様々な意見があると思います。民法第八百五十八条では、成年被後見人の意思の尊重及び身上の配慮として「成年後見人は、成年被後見人の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を行うに当たっては、成年被後見人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない」としています。
これがいわゆる「本人意思尊重義務」と「身上配慮義務」にあたります。

これらの義務から考えると(1)は成年後見人として「身上配慮義務」を果たそうとしているのか疑問を感じます。また、(2)は身上に配慮しながらも「本人意思尊重義務」の観点が抜けている気がします。(3)は躊躇している様にも捉えられますが、二つの義務を配慮した考え方だと思います。

ただし、難しいと考えるだけで具体的な検討や対応をしなければ何も意味をなさないことになります。前述したように愚行権の存在、愚行による利益(幸福感など)、将来的に想定される不幸を換算しながら対応を検討していきたいところです。
この検討が
成年後見制度の趣旨である「自己決定と保護のバランス」を考える意味であり、その落とし所を探していくことが「ベストインタレスト(最善の利益)」に繋がるのだと考えます。とは言いつつも、実際の成年後見業務の中では、理論的に物事が進まないと感じる場面が多いと思います。

成年後見業務で悩む事例

  • (1)被後見人が多額のダイエット食品を購入。ダイエット食品を主食とし、他はカップラーメンで食生活を維持しており、ダイエットにも健康にも悪い生活となっている。
  • (2)内科的疾患を抱える被後見人が主治医から煙草をやめるよう指示されているにもかかわらず、煙草を購入し喫煙を継続している。
  • (3)被後見人が崩壊しそうな家に住み続けている。

このような事例で成年後見人はどのように考え、活動することが望ましいでしょうか。次回は、具体的事例から愚行権を見ていきたいと思います。